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東京高等裁判所 平成8年(ラ)741号 決定

主文

一  原決定を取り消す。

二  浦和地方裁判所川越支部が同裁判所平成六(ヌ)第七三号不動産強制競売事件において別紙物件目録記載の土地建物につき平成七年一二月一九日にした買受人を抗告人とする売却許可決定を取り消す。

理由

[1]  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「執行抗告状」(写し)記載のとおりである。

[2]  当裁判所の判断

1  民事執行法七五条一項は、買受人が買受けの申出をした後天災その他自己の責めに帰することができない事由により不動産が損傷した場合には、執行裁判所に対し、売却許可決定の取消しの申立てをすることができる旨規定する。

そして、同条にいう「不動産の損傷」とは、物理的損傷に限らず、物理的原因にはよらない価値的な減損をも含むものと解するのが相当である。また、その損傷が買受けの申出前に生じていたものであっても、この損傷とその看過が買受人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、買受人の保護の必要性において、損傷が買受けの申出後代金納付前に生じた場合と異なるところはないから、同条の類推適用を認めるのが相当である。

2  そこで、これを本件についてみると、記録によれば、

(1) 別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、都市計画法上の市街化調整区域内に所在していること、

(2) したがって、本件土地及び別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)については、開発行為につき都市計画法に基づく県知事の許可を必要とし、開発許可を受けた開発区域内においては、当該開発許可に係る予定建築物以外の建築物を新築してはならず、また、建築物を改築して当該開発許可に係る予定建築物以外の建築物としてはならない(同法二九条、三四条、四二条)等の公法上の規制を受けること、

(3) ところで、本件土地については、昭和五〇年一〇月九日付けをもって、申請者乙山春夫に対し、都市計画法三四条一〇号ロ該当(農家の分家住宅)という理由により、同法二九条の開発行為の許可がされている(なお、昭和五〇年一一月四日付けをもって、申請者乙山春夫に対し、建築基準法六条に基づく建築確認がされている)こと、

(4) ところが、本件土地については、元の所有者乙山松夫から本件不動産強制競売事件の執行債務者である丙川夏夫に対し、昭和五一年二月四日売買を原因とする所有権移転登記がされており、また、本件建物については、同日新築を原因とし丙川夏夫を所有者とする表示登記及び所有権保存登記がされていること、

(5) そうすると、上記(3)の開発許可を受けた乙山春夫以外の第三者である丙川夏夫が、当該開発許可に係る予定建築物(農家の分家住宅)以外の建築物である本件建物を新築したものと優に推認することができるから、本件建物は都市計画法に違反する建築物であると認められること、

なお、この点に関して、所轄行政庁である埼玉県川越土木事務所長は、本件建物は都市計画法に違反する建築物であって、本件建物の増改築ないし建物の新築は許されない(なお、上記開発許可を受けた乙山春夫又はその一般承継人による増改築ないし新築については、許可される可能性がないではない。)との見解を有していること、

(6) 本件強制競売事件の評価書においては、公法上の規制として、本件土地建物が市街化調整区域に所在する旨の記載があるのみで、本件土地建物について、本件建物が都市計画法違反の建築物であって、その増改築あるいは建物の新築が許されないことを前提とした評価はされていないこと、また、物件明細書においても、上記の点に関連する記載としては、備考欄に「市街化調整区域」との記載があるのみであること、

(7) 抗告人は、本件買受けの申出に際して、上記評価書や物件明細書を閲覧し、本件土地建物が市街化調整区域内に所在していることは認識していたものの、本件建物が都市計画法違反の建築物であってその増改築が許されないこと、あるいは、本件土地上での建物の新築が許されないことは全く知らないまま、本件買受けの申出をしたこと、

以上の事実を認めることができる。

3  上記の認定事実に照らせば、本件建物は都市計画法に違反する建築物であって、買受人である抗告人がこれを増改築することは許されないのであり、また、抗告人が本件土地上に建物を新築することは許されないのであるから、この事情が本件土地建物の価額を相当に減損させるものであることは明らかである。したがって、本件においては、民事執行法七五条にいう「不動産の損傷」があったものというべきである。

そして、上記の認定事実によれば、上記の「損傷」は買受けの申出前に生じていたものであるが、この損傷とその看過が買受人である抗告人の責めに帰すことができない事由によるものであることが明らかであるから、本件については民事執行法七五条を類推適用し、本件売却許可決定を取り消すのが相当である。

4  以上のとおりであって、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消した上、本件売却許可決定を取り消すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 川勝隆之 裁判官 西口 元)

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